リネカーとFA cup3月6日の結果
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2004年3月7日(日)
「マンチェスターU 2-1 フルハム」
フルハムの稲本見たかったのに今回はベンチ入りしていませんでした、残念。
「ポーツマス 1-5 アーセナル」
アーセナル強すぎ、0-5になってからテレビの音だけ聞いていました。

放送しているテレビ局BBCのサッカー番組総合司会は1986年ワールド杯メキシコ大会の得点王で、Jリーグ発足時の名古屋グランパスエイト選手、当時の世界的スーパースター、ゲーリー・リネカー氏。

 日本では怪我で満足な成績収められず、2年で引退してしまいましたが、その時の年俸3億円。以後4,5年はロートルな元W杯得点王とか本国では選手生命終わっているような「有名」選手が続々Jリーグに高額年俸でやってきて世界から「年金リーグ」と揶揄される、尖兵をつけた張本人でもあるのですが、テレビの彼は素晴らしい笑顔とスマートな話し方で日本でのサッカープレーの何倍もうまいと思ってしまいました。ただゲーリー・リネカー氏の名誉のために下記に彼の活躍を記載しますが、彼とジーコのおかげで発足まもないJリーグが世界中の注目を浴びるきっかけになった貢献は計り知れないと僕は思います。

1986年ワールド杯メキシコ大会6ゴールで同大会の得点王。
1990年ワールド杯イタリア大会でもイングランド主将として4ゴール。
代表出場試合数80でマークした48点は、ボビー・チャールトンの持つイングランド歴代最高得点49に次ぐ2位の記録。リネカーが素晴らしいのは得点能力だけではなく、プロとして13年、ただの一度も警告を受けていない紳士的なプレイに対し、国際サッカー連盟(FIFA)は、1991年、リネカーのためにフェアプレー賞を設けてその業績を称えた。 ちなみにFIFAが個人に対して賞を贈ったのは、これが最初だそうです。

今回彼の生涯成績などを改めて調べ直して思ったことは、日本では別人だったってことかな、もうサッカーやれる体じゃなかったんだろうね。

写真は2003年12月5日マンチェスターユナイテッドスタジアム内で撮りました。
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by markzu | 2004-03-07 10:45 | トランメア・ローヴァーズ


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